口腔・鼻腔吸引の手順と適応判断|いつ・どこまで吸引するかを解説
2026-04-19
吸引は、看護師が日常的に行う基本手技の一つです。しかし、「いつ吸引すべきか」「どこまで入れるか」「痰が引けないときはどうするか」——実は判断に迷う場面が多い手技でもあります。
この記事では、口腔・鼻腔吸引の手順を整理するとともに、アセスメントの視点や合併症への対応、現場でよく議論になるポイントまでまとめます。
吸引とは——目的と適応
吸引の目的
吸引とは、口腔・鼻腔・気管内に貯留した分泌物(痰や唾液など)を、カテーテルを用いて機械的に除去する処置です。
目的は気道クリアランスの維持——つまり、気道を清浄に保ち、換気を確保することにあります。自力で痰を喀出できない患者さんにとって、吸引は呼吸を守るための重要な処置です。
いつ吸引するか——アセスメントの視点
吸引は「時間だから行う」のではなく、「必要だから行う」処置です。ルーチンで一律に実施するのではなく、以下のようなアセスメントをもとに判断します。
- 聴診:気管や肺野で副雑音(ゴロ音、いびき様音など)が聴取される
- 呼吸状態の変化:呼吸数の増加、努力呼吸、SpO2の低下
- 患者の訴え:「痰が絡む」「息が苦しい」
- 視覚的な所見:口腔内に分泌物が貯留している
- 咳嗽の状態:湿性咳嗽があるが自力で喀出できていない

吸引のアセスメント:複数の情報を組み合わせて総合的に判断する
ただし現場では、「ゴロ音が聴こえるけれど吸引しても引けない」「吸引してもゴロ音が消えない」といった場面もあります。ゴロ音の原因が気管内の痰ではなく、より末梢の気管支にある分泌物や、肺実質の問題である可能性もあるため、吸引だけで解決しようとしない視点も大切です。
反対に、ゴロ音がなくても吸引が必要な場合もあります。嚥下機能が低下した患者さんでは、口腔内に唾液が貯留していても音として現れにくいことがあり、口腔内の視診も重要なアセスメントです。
ポイント
「吸引する/しない」は、一つのサインだけで決めるのではなく、複数の情報を組み合わせて総合的に判断します。
吸引前の準備
必要物品
- 吸引器(壁配管式またはポータブル式)
- 吸引カテーテル(適切なサイズ)
- 未滅菌手袋
- 水(カテーテル洗浄用)
- アルコール綿(カテーテル外側の清拭用)
- 手指消毒剤
- ゴーグルまたはフェイスシールド(飛沫予防)
- 聴診器、パルスオキシメーター
吸引圧の設定
| 対象 | 吸引圧の目安 |
|---|---|
| 成人 | 20kPa(150mmHg)以下 |
| 小児 | 10〜15kPa(80〜100mmHg) |
| 新生児 | 8〜10kPa(60〜80mmHg) |
※上記は気管吸引ガイドライン2023〔改訂第3版〕(成人で人工気道を有する患者のための)を参考にした目安です。同ガイドラインは「成人で人工気道を有する患者」を対象としていますが、口腔・鼻腔吸引でも臨床現場では目安として参照されることがあります。実際の設定は施設の手順書を確認してください。
吸引圧が高すぎると気道粘膜の損傷を引き起こし、低すぎると分泌物を十分に吸引できません。吸引開始前に、カテーテルを折り曲げた状態で圧を確認してから実施します。
カテーテルの選び方
口腔・鼻腔吸引(成人)では、一般的に12〜14Frのカテーテルを使用します。
分泌物が粘稠な場合はやや太めを、鼻腔が狭い患者さんでは細めを選択するなど、患者さんの状態に合わせて判断します。
感染予防
口腔・鼻腔吸引は、標準予防策(スタンダードプリコーション)にもとづく清潔操作で行います。
- 吸引前後の手指衛生を徹底する
- 未滅菌手袋を装着する
- ゴーグルやフェイスシールドを着用し、飛沫による曝露を予防する
※気管吸引の場合は無菌操作(滅菌手袋の使用)が必要ですが、本記事では口腔・鼻腔吸引を扱います。
口腔吸引と鼻腔吸引——どう使い分ける?
基本は口腔吸引から
口腔吸引は鼻腔吸引と比べて患者さんの苦痛が少なく、鼻出血のリスクもありません。分泌物が口腔内にある場合や、口腔から吸引可能な状況であれば、まず口腔吸引を選択するのが基本です。
鼻腔吸引を選択する場面
- 口腔からの吸引では分泌物を十分に除去できないと判断した場合
- 開口困難な場合(意識障害、咬合異常など)
- 口腔内の手術後など、口腔からのアプローチが困難な場合
- 咽頭〜喉頭付近の分泌物を吸引したい場合
「鼻腔から気管の痰を吸う」は正しい?
現場では「鼻腔から吸引して気管の痰を吸う」という表現が聞かれることがあります。解剖学的には、鼻腔から挿入したカテーテルが咽頭・喉頭を経て気管に到達することは不可能ではありませんが、意図的にコントロールすることは困難です。
実際に鼻腔吸引で「深い位置の痰が引けた」と感じるケースの多くは、カテーテルの刺激による咳嗽反射で気管から押し上げられた痰を、咽頭付近で吸引していると考えられます。
したがって、人工気道(気管チューブ・気管切開チューブ)がある場合は気管吸引を検討します。自然気道の患者さんでは、口腔・鼻腔吸引だけで分泌物を十分に除去できないこともあるため、体位ドレナージや加湿など他のアプローチも含めて再評価することが大切です。
口腔吸引の手順とポイント
実施手順
1. 患者に吸引の目的と方法を説明し、同意を得る
2. 体位を整える(可能であればセミファウラー位)
3. 手指衛生を行い、手袋・ゴーグルを装着する
4. 吸引圧を確認する(20kPa以下)
5. カテーテルを吸引圧をかけない状態で口腔内に挿入する
6. 目的の深さに到達したら、吸引圧をかけながら回転させつつゆっくり引き抜く
7. 1回の吸引時間は10〜15秒以内
8. カテーテルを水で洗浄する
9. 患者の状態(呼吸音、SpO2、表情)を観察する
挿入深度の目安
口腔吸引の挿入深度は約10〜12cmが目安です。ただし、個人差があるため、口腔内を観察しながら必要な深さまで挿入します。過度に深く挿入すると咽頭後壁を刺激し、嘔吐反射を誘発する可能性があります。
注意点
- 嘔吐反射の誘発:カテーテルが咽頭後壁に触れると嘔吐反射が起きやすい。特に意識のある患者さんでは注意が必要
- 粘膜損傷:吸引圧をかけたまま粘膜に押し当てないようにする
- 義歯の確認:義歯がある場合は、吸引前に外すか、位置を確認しておく
鼻腔吸引の手順とポイント
実施手順
1. 患者に説明し、同意を得る
2. 体位を整える(座位またはセミファウラー位)
3. 手指衛生を行い、手袋・ゴーグルを装着する
4. 鼻腔内を観察し、挿入しやすい側(鼻中隔の彎曲が少ない側)を選択する
5. カテーテルを水で湿らせ、吸引圧をかけない状態で鼻腔に挿入する
6. カテーテルは鼻腔底に沿わせるように、やや下向き(水平方向)に進める
7. 目的の深さに到達したら、吸引圧をかけながら回転させつつゆっくり引き抜く
8. 1回の吸引時間は10〜15秒以内
9. カテーテルを洗浄し、患者の状態を観察する
挿入深度の目安
鼻腔吸引の挿入深度は約15〜20cmが目安です。鼻腔から咽頭までの距離に相当します。
注意点
- 鼻出血のリスク:鼻腔粘膜は血管が豊富で、特にキーゼルバッハ部位(鼻中隔前方)は出血しやすい。カテーテルは鼻中隔に沿わせず、鼻腔底に沿わせて挿入する
- カテーテルの方向:上向きに挿入すると鼻甲介にぶつかるため、鼻翼と耳珠を結ぶ線の方向(水平方向)に挿入する
- 抵抗を感じたら無理に進めない:鼻中隔彎曲や鼻甲介肥大がある場合、反対側の鼻腔から試みる

鼻腔吸引のカテーテル挿入方向:鼻腔底に沿って水平方向に挿入する
吸引カテーテルの取り扱い
単回使用 vs 再利用——ガイドラインと現場の実情
気管吸引ガイドライン2023〔改訂第3版〕(成人で人工気道を有する患者のための)では、吸引カテーテルの単回使用が推奨されています。ただし、同ガイドラインは「成人で人工気道を有する患者」を対象としたものであり、口腔・鼻腔吸引に直接適用されたものではありません。
感染対策上は口腔・鼻腔吸引においても単回使用が望ましいとされていますが、実際には多くの施設で再利用が行われているのが現状です。口腔・鼻腔はもともと常在菌が存在する領域であり、気管吸引ほど厳密な無菌性は求められないことが、その背景にあります。
再利用する場合の保管方法
再利用する場合は、施設の感染対策マニュアルに従うことが原則です。保管方法は施設によって異なりますが、一般的には使用後にカテーテル内腔を水で洗浄し、消毒液への浸漬保管を行うケースが多く見られます。
再利用にあたっての注意点
- 浸漬液自体が細菌汚染のリザーバーになりうる(特に緑膿菌などのグラム陰性桿菌)
- 消毒液の濃度管理や交換頻度を施設基準に沿って行う
- カテーテル内腔の完全な洗浄は困難であることを認識しておく
吸引の合併症と対応
気道粘膜損傷・出血
吸引圧が高すぎる場合や、カテーテルを粘膜に押し当てた場合に起こります。
- 吸引圧は20kPa以下を守る
- カテーテルを回転させながら引き抜く(一か所に圧がかかり続けるのを防ぐ)
- 吸引物に血液が混入した場合は、損傷部位の推定と医師への報告を行う
- 鼻腔吸引で鼻出血が起きた場合は、吸引を中止し圧迫止血する
嘔吐・誤嚥
口腔吸引でカテーテルが咽頭後壁に触れると、嘔吐反射が誘発されることがあります。嘔吐に伴う誤嚥にも注意が必要です。
- カテーテルの挿入深度に注意し、咽頭後壁への不必要な接触を避ける
- 嘔吐した場合は速やかに側臥位にし、口腔内の吐物を吸引する
- 吸引前の食事のタイミングにも配慮する(食直後は避ける)
低酸素血症
長時間の吸引や頻回の吸引により、SpO2が低下する可能性があります。
- 1回の吸引時間を10〜15秒以内にする
- 吸引後にSpO2の回復を確認してから次の吸引を行う
- SpO2が著明に低下した場合は吸引を中断する
迷走神経反射
咽頭や喉頭付近の刺激が迷走神経を介して、徐脈を引き起こすことがまれにあります。
- 患者の顔色や表情の変化に注意する
- 異常を認めた場合は直ちに吸引を中止し、医師に報告する
患者さんが吸引を嫌がるとき——現場のジレンマ
吸引は患者さんにとって明らかに苦痛を伴う処置です。拒否の意思を示されることは珍しくありません。特に認知症の患者さんは、処置の必要性を理解することが難しく、強い抵抗を示されることがあります。
「やらなければ気道が閉塞するかもしれない。でも本人は嫌がっている」——このジレンマは、現場の看護師なら誰もが経験するものです。
対応の考え方
- 拒否=わがままではない。苦痛に対する自然な反応として受け止める
- 可能であれば、事前の声掛けで安心感を伝える(「痰を取って呼吸を楽にしますね」など)
- タイミングの工夫:痰が貯留してから慌てて吸引するのではなく、こまめに観察して少量のうちに短時間で済ませる
- やむを得ず実施する場合は、なぜ必要だったかの記録を残す
- チームで対応を共有し、一人で抱え込まない
よくある疑問 Q&A
Q: 吸引の圧は「かけたまま入れる」?「止めて入れる」?
A: 吸引圧をかけない状態で挿入し、引き抜くときに圧をかけるのが基本です。圧をかけたまま挿入すると、カテーテルの先端が粘膜に吸い付き、粘膜損傷のリスクが高まります。ただし、口腔内に大量の分泌物が貯留している場合など、状況に応じて圧をかけながら挿入するケースもあります。
Q: 吸引の頻度はどのくらいが適切?
A: 「○時間ごと」という一律の基準はありません。 アセスメントにもとづき、必要な時に実施します。ルーチンで不必要な吸引を繰り返すことは、患者さんの苦痛を増やし、粘膜損傷のリスクも高めます。一方で、必要なタイミングを逃すと分泌物が固くなり、吸引困難になることもあるため、定期的な観察は重要です。
Q: 痰が硬くて引けないときはどうする?
A: まずは加湿を見直します。室内の湿度管理や水分摂取の促進を検討します。また、体位ドレナージ(痰が貯留している部位を上にする体位変換)も有効です。体位変換によって痰が移動し、吸引しやすくなることがあります。
Q: 痰を飲み込んでしまう患者さんには吸引が必要?
A: 嚥下機能が保たれており、むせや呼吸状態の悪化がない場合は、基本的に吸引の必要はありません。飲み込んだ痰は胃に入り、胃酸で処理されるため、衛生上の問題もほぼありません。そもそも健常者も、気道の分泌物を無意識に嚥下しており、これは正常な気道クリアランスの一つです。ただし、大量に飲み込んで嘔気・嘔吐が出ている場合は喀出を促す方がよいでしょう。また、嚥下機能が低下している患者さんや意識レベルが低下している患者さんでは、飲み込んでいるように見えて誤嚥している可能性もあるため、注意が必要です。
Q: 患者さんが吸引を嫌がるときの対応は?
A: まずは拒否を「わがまま」と捉えず、苦痛への自然な反応として受け止めることが大切です。事前の声掛けで安心感を伝え、短時間で効率的に行うことを意識しましょう。特に認知症の患者さんに対しては、声掛けのトーンや表情にも配慮し、チームで対応を共有することが重要です。
まとめ
- 吸引はルーチンではなく、アセスメントにもとづいて実施する
- 口腔吸引が基本。口腔で十分に吸引できない場合に鼻腔吸引を選択する
- 吸引圧は20kPa(150mmHg)以下、吸引時間は10〜15秒以内
- 口腔・鼻腔吸引は標準予防策にもとづく清潔操作で行う
- カテーテルの再利用は施設のマニュアルに従い、適切な消毒・保管を行う
- 合併症(粘膜損傷、嘔吐、低酸素血症)のサインに注意する
- 患者さんの苦痛への配慮を忘れない
吸引は手技自体はシンプルですが、「いつ・どこまで・どの程度やるか」の判断が求められる手技です。根拠にもとづいたアセスメントを行い、患者さんの安全と苦痛への配慮を両立させることが大切です。
※気管吸引(気管チューブ・気管切開チューブからの吸引)については、別記事で解説予定です。
参考・根拠
- 日本呼吸療法医学会:気管吸引ガイドライン2023〔改訂第3版〕(成人で人工気道を有する患者のための)
- 厚生労働省:喀痰吸引等に関する演習テキスト
- ナース専科:吸引(口腔・鼻腔)の看護技術
- 看護roo!:口腔・鼻腔吸引の手順&コツ
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この記事を書いた人
臨床ナースラボ 管理者現役看護師
日々の臨床で感じた「これ、もっと早く知りたかった」をもとに、チームで判断を揃えるための知識とツールを作っています。