申し送りが伝わらない理由──看護現場で使える「伝わる言葉」5つの基本
2026-06-05

忙しいシフトの中で、「言いたいことが伝わらなかった」「申し送りで肝心な情報が抜けていた」と感じた経験は、看護師として働いていれば、誰にでも一度はあるのではないでしょうか。
私たちは日々、膨大な情報を言葉でやり取りしています。申し送り、医師への報告、後輩への指導、カンファレンスでの意見交換、家族への説明──。その言葉のちょっとした選び方ひとつで、次のシフトの動きやすさが変わり、ときには患者さんの安全にも影響していきます。
この記事では、哲学者・野矢茂樹さんの『大人のための国語ゼミ』(筑摩書房)という一冊を下敷きに、スタッフ間で「伝わる言葉」を選ぶための5つの基本を、看護現場の文脈に置き換えてご紹介します。テクニックの羅列ではなく、その根っこにある考え方も一緒にお伝えできたらと思います。
なぜ「伝え方」がここまで大事なのか
コミュニケーション不全は、医療事故の重要な要因になる
米国の医療機関認証機関であるJoint Commissionの報告をもとにした資料では、重大な医療事故(センチネルイベント)の根本原因のうち、70%を超えるケースでコミュニケーションの不備が関わっていたとされています。
さらに、2026年にBMC Nursingで公表された看護師の申し送りに関する系統的レビューでは、最も多いエラーのタイプは「情報の省略」だと報告されています。「言ったつもり」「分かるだろうと思って省略した」「忙しくて伝えそびれた」──こうした小さな抜けが、想像以上に大きな影響を与えているということです。
つまり、「伝え方」は単なるソフトスキルではなく、医療安全の中核にある実践的な技術です。
「身内に通じる言葉」の、もう一歩先へ
ここで、一冊の本を紹介させてください。野矢茂樹さんの『大人のための国語ゼミ』。哲学者であり、国語論の名手でもある野矢さんが、伝わる言葉とは何かを丁寧に解きほぐした一冊です。
この本のなかで野矢さんが繰り返し語りかけてくるのは、こういうメッセージです。
ノリの良い会話は楽しい。ただ、それだけでは足りない。仲間内やおともだちの中だけで通じる言葉に甘えていると、その輪の外にいる人には届かない言葉になってしまう──。
これは、看護師の毎日にもそのまま当てはまります。
普段から一緒に勤務しているメンバー同士でも、短い言葉や表情、ノリだけで「なんとなく通じている気がする」まま、実はズレたまま進んでしまうことは、けっこうあります。あとから「あれ、伝わってなかったんだ」と気づくあの瞬間。あれは身内の中でも起きます。
そこに加えて、
- 新人にとっては、前提が抜けて分からないかもしれない
- 夜勤入りの人にとっては、初耳の情報かもしれない
- 他部署の人にとっては、言葉の意味そのものが違うかもしれない
相手に理解できる言葉で伝えるにはどうすればよいかを、真剣に考える。それだけで、言葉の選び方は自然に丁寧になっていきます。
これから紹介する5つの基本は、自分の言葉を、もう一歩先まで届くように育てるための技術です。
野矢さんは、その根っこにある考えを「相手と分かり合おうとする愛の力」と表現しています。それこそが、言葉を成熟させるのだと。
少し大げさに聞こえるかもしれません。でも、ここでいう「愛」は、特別な感情というより、相手に届くように言葉を選ぼうとする姿勢のことだと、私は受け取っています。

明日から意識したい5つの基本
実は、野矢さんの本のメッセージは、突き詰めるとシンプルです。
- 「相手のことを考えて話そう」
- 「思いついたまま話したら伝わらない」
──そんな、ごくごく基本的な姿勢に立ち返ろう、ということ。
これから紹介する5つの基本は、その姿勢を具体的な技術として落とし込んだものです。看護現場でどう活きるか、ひとつずつ見ていきましょう。
① 事実と考えを分ける
私たちが言葉で伝えるものは、おおまかに「事実」と「自分の考え(推測や意見)」に分けられます。野矢さんは、考えには根拠が必要だと言います。根拠のない推測は「憶測」、根拠のない意見は「独断」になってしまう、と。
看護の現場に置き換えてみましょう。たとえば、「○○さん、不穏でした」という申し送り。「不穏」は判断(考え)の言葉ですが、ここではその根拠となる事実が示されていません。
一方で「○時頃、点滴ルートを自分で抜こうとされ、声かけで落ち着かれました」と言えば、これは事実であり、先の判断に根拠が添えられた形になります。
事実と考えを分けて伝えるというのは、「不穏でした」だけで終わらせず、その根拠となった事実も添える、ということです。そうすると、次の人は事実から「自分でも判断する余地」を持って動けます。逆に解釈だけ受け取ると、その人の解釈をそのまま鵜呑みにするしかなくなります。
これは医師への報告でも、はっきり効きます。私たちが、できるだけ事実と根拠を正確に伝えようとすることで、医師の的確な診断につながります。日々の臨床で、それを実感されている方も多いのではないでしょうか。
② 道しるべを示す(接続表現)
野矢さんは、話や文章には「道しるべ」が必要だと言います。「だから」「しかし」「ただし」「つまり」といった接続表現がそれにあたります。これを丁寧に置くだけで、聞き手は話の流れを追いやすくなる。
逆に、接続が省かれたり間違っていると、相手は文脈を自分で推測しなければなりません。野矢さんは、「相手も分かるだろう」という判断は、ときにひとりよがりな態度になっていると指摘します。
たとえば申し送りで、こう言ったとします。
「散歩されました、いつもより活気がありません」
これだけでは、「散歩で疲れたため活気が低下している」のか、「散歩はされたけれど、それとは別の理由で活気が低い」のかが、はっきりしません。受け手の動き方も変わってきますよね。
「〜の影響で」「一方で」「けれど」を意識して入れるだけで、関係性がクリアになります。接続詞は読み手への親切だと考えると、少し意識しやすくなります。
③ 議論の前提を共通の土台にする
野矢さんは、議論を始める前にまず「何を共通の前提とするか」を確認することの大切さを説いています。土台が揃っていない議論は、噛み合いません。
これは現場でも、同じことが言えます。同じ院内でも、病棟・外来・リハビリ・手術室など、部署や勤務帯(日勤・夜勤)が変われば、「当然の前提」はずれていきます。
- 夜勤入りの人は、その日新たに入った検査結果を知らない
- 外来から病棟に引き継ぐとき、外来では自明の経緯が、病棟では新情報になる
話し始める前に、「この人は何を知っていて、何を知らないか」を想像する。これが共通の土台を作るということです。
そして、私たち看護師にとって、最も大きな共通の土台は「患者さんの利益」です。多職種で意見が割れたとき、後輩と先輩で見解が違うとき、立ち返るべき土台は「患者さんにとって何が一番か」という点だと思います。ここに立ち返ることで、議論はやりやすくなるのではないでしょうか。
④ 的確に質問する
野矢さんは、質問を3つの種類に分けて説明しています。
情報の問い:もっと知りたい(もっと詳しく知りたい)
意味の問い:もっと分かりたい(言葉の意味を確かめる)
論証の問い:きちんと考える(なぜそう考えるのか)
そして、なぜ質問が大切なのか。野矢さんは、質問を考えようとすることによって、考え方が能動的になり、活性化してくると書いています。質問の練習をすることで、話を聞くときの想像力と論理力が鍛えられていく、と。
ここで、現場でよく聞く声に少し触れさせてください。「質問するのって、相手を否定するみたいで、しにくい」「そんなことも分からないのかと思われたくなくて、聞きそびれてしまう」──そんなふうに感じて、質問を控えてしまうこと、ありませんか。
でも、本来の質問はその逆です。もっと分かりたい、ちゃんと納得したい。そのために問うのです。それは、自分の理解を深め、自分が納得するための行為。野矢さんも、「無知だと思われたくない」という気持ちを乗り越えていくことの大切さを書いています。
野矢さんは、日常会話では「分かった気」で流してしまえる場面もあるけれど、それで済ませてはいけない場面もある、とも書いています。看護の現場は、まさにそれが当てはまる場面の連続ではないでしょうか。問うことで自分の理解が深まり、「分かった気」のまま流すことを避けられる。質問は相手を否定する行為でも、自分の弱さを晒す行為でもなく、自分自身が向き合うための行為──そう捉えると、少しハードルが下がるかもしれません。
たとえば申し送りで「経過観察でお願いします」と言われたとき。「経過観察というのは、何を見ておけばいいですか?」「どうなったら次のアクションですか?」と問うのは、自分がちゃんと理解して動くために必要な確認です。「分かった気」のまま引き継ぐと、次のシフトで判断に迷う場面が出てきます。
質問の頭に「教えてほしいんですけど」「念のため確認させてください」と一言添えると、よりやわらかく伝わります。
⑤ 反論する(議論を前進させる)
5つ目は、もしかしたら一番ハードルが高く感じるかもしれません。野矢さんは、「反論」を「対立」や「ただの反対」とは違うものとして説明しています。
ただの反対
根拠を示さず自分の主張を言うだけ。これは水かけ論になる。
反論
相手が根拠を示して主張した論証に納得できるか批判的に検討し、対立する主張を根拠とともに述べる。これは議論を前進させる行為。
つまり、反論はケンカではありません。むしろ「より良い結論にたどり着くためのチームワーク」です。
「でも、職場で反論したら、空気が悪くなるんじゃないか」──そう思って言えなかった経験、ありますよね。でも、野矢さんが大事にしているのは、こんな考え方です。独善的にならないために、反論の力を、まず自分自身に向ける。
つまり、反論は相手をやり込めるためのものではなく、自分の判断を磨き、チームとしての決断の質を高めるためのもの。人格ではなく、「考え」そのものについて検討する姿勢でもあります。だからこそ職場で誰かに反論するときも、相手を否定するのではなく、「自分の考えにもこういう反論があり得る」というスタンスで言葉にできるはずです。
たとえば、こんな言い回しです。
- 「○○さんの考えはよく分かりました。一方で、△△の点はどう考えていらっしゃいますか?」
- 「○○さんの論証を検討してみたんですが、こういう見方もあるかな、と思いました」
反論を「相手にぶつけるもの」ではなく「テーブルに置くもの」と捉え直すと、空気は変わってきます。判断の質を高めるために、チームで考える材料を、ひとつ増やすイメージです。

看護現場では、ここも意識したい(補足)
ここまでが、野矢さんの本に沿った5つの基本でした。ここからは、本書のニュアンスから想定される、看護現場で同じくらい大切な2つを、補足としてご紹介します。
補足① 結論を先に言う
SBAR(Situation/Background/Assessment/Recommendation:状況・背景・評価・提案の4要素で報告を組み立てる伝達ツール)など、構造化されたコミュニケーション手法でも基本とされている考え方です。
医師への報告や、緊急の連絡では、まず「何が起きたのか」「何をしてほしいのか」を先に伝えると、相手はすぐに動けます。背景や経過は、結論のあとに添える。これだけで、聞き手の負担はぐっと下がります。
補足② 曖昧語を具体に置き換える
「ちょっと」「なんとなく」「やや」といった曖昧な言葉を、数値・回数・時間に置き換える。これは①「事実と考えを分ける」とも重なる、現場版の応用です。
「ちょっと血圧低めです」より、「血圧が15時90/60、16時88/58と推移しています」のほうが、次の人は判断しやすい。曖昧さは、決して悪意ではありません。でも、受け取る側の負担になることは多いです。
会話例で見てみよう
最後に、申し送りの一場面を、NG例とOK例で並べてみます。
NG例
「えーっと、Aさんなんですけど、今日なんかちょっと様子が変で、不穏な感じでした。で、家族にも言っときましたから。あ、それから昨日の検査の話もしたんですけど、まあ大丈夫だと思います。」
短い申し送りですが、いくつかの課題が混ざっています。
- 「ちょっと」「なんか」「変」「不穏な感じ」が抽象的で、事実と考えが分かれていない
- 「家族にも」「検査の話も」と、主語と内容が省略されている
- 「で」「あ、それから」と、接続が曖昧で道しるべになっていない
- 受け手にとっての前提が補われていない
- 「大丈夫だと思います」が解釈で、根拠が見えない
これだと、次の人は「結局、何を引き継いだのか」を、自分で想像して、情報を集めて、組み立てなければなりません。
OK例
「Aさんの申し送りをします。結論から言うと、転倒リスクが上がっているので、夜勤帯で注意してほしいです。
事実としては、本日14時頃から見当識がやや低下し、『自宅にいる』と話されることが何度かありました。点滴ルートを自分で外そうとされたのが1回、ナースコールなしで離床されたのが2回です。
これは私の解釈ですが、夕方からせん妄が始まりつつあるのではないかと考えています。根拠は、今日の朝から食事量が3割、夜間の睡眠時間が短かったことを記録で確認しているためです。
ご家族には、17時に長男さんが面会された際、状況をお伝えしました。何か質問はありますか?」
この申し送りには、5つの基本+補足が、自然に織り込まれています。
- 結論を先に伝える(補足①)
- 事実と考え(解釈)を分けて伝える(①)
- 「事実としては」「解釈ですが」と道しるべを置く(②)
- 受け手にとって新情報になりそうな前提を補う(③)
- 最後に質問の余地を残す(④)
すべてを毎回完璧にこなすのは、難しいです。でも、こうやって意識して取り組む回数を増やしていくと、少しずつ身についていきます。

まとめ・実践へのヒント
ここまで、伝え方の5つの基本と2つの補足を紹介してきました。並べるとたくさんありますが、明日から全部をいっぺんに頑張る必要はありません。
「今日はこの1つだけ意識してみる」で十分です。今日は「結論を先に言う」、明日は「事実と考えを分ける」、というふうに、ひとつずつ。
そして、これは最後にお伝えしたいのですが──正直、うまくいかない日はあります。忙しい中で曖昧に話してしまうことも、つい解釈だけで申し送ってしまうことも、必要な情報がそもそも揃わない日も。
でも、そういう経験に真摯に向き合う姿勢が、次の「どうしたら伝わりやすいか」を考える力になります。うまくいかない経験を重ねながら、考え続けることが、自分の言葉を育てていきます。
野矢さんが言うように、言葉を成熟させるのは、相手と分かり合おうとする気持ちです。そして、私たち看護師にとって、その「相手」の先には、いつも患者さんがいます。
今日の申し送りや報告で選んだ一語が、めぐりめぐって、患者さんの利益に届いていく。そう思うと、伝わりやすい言葉を選びたくなりませんか。
完璧でなくていいんです。ただ、一歩だけ丁寧に。その積み重ねが、相手と分かり合う土台になり、チームを育てていきます。
明日の申し送りで、まずは一語だけ、いつもより丁寧に選んでみる。そこからで十分だと思います。
参考文献・参考資料
- 野矢茂樹『大人のための国語ゼミ』筑摩書房
- Dingley C, Daugherty K, Derieg MK, Persing R. Improving Patient Safety Through Provider Communication Strategy Enhancements. Agency for Healthcare Research and Quality.
- The Joint Commission. Sentinel Event Alert 58: Inadequate hand-off communication. 2017.
- Yeom S, Kim M-G, Park JH. Understanding nursing handoff errors in clinical practice: trends and contributing factors based on a systematic review and meta-analysis. BMC Nursing. 2026.
- Lo L, Rotteau L, Shojania KG. Can SBAR be implemented with high fidelity and does it improve communication between healthcare workers? A systematic review. BMJ Open. 2021;11.
もっと深く学びたい方へ
大人のための国語ゼミ[増補版]
野矢茂樹 著(筑摩書房)
本記事の主軸となる一冊。哲学者・野矢茂樹氏が、伝わる言葉とは何かを論理学の視点から丁寧に解きほぐした入門書。事実と考えを分ける、論証する、質問する、反論するといった「国語力」の核を、平易な例とともに学べます。本文で触れた「相手と分かり合おうとする愛の力」「仲間内の言葉に甘えない」といったメッセージも、原典で味わうとより深く心に残ります。
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この記事を書いた人
臨床ナースラボ 管理者現役看護師
日々の臨床で感じた「これ、もっと早く知りたかった」をもとに、チームで判断を揃えるための知識とツールを作っています。