「なんとなく正しそう」に騙されない——看護師のクリティカルシンキング入門
2026年4月7日

「元気そうに見えるから、きっと大丈夫」
「申し送りで『落ち着いている』と言われたし、まあいいか」
「あの患者さん、リハビリを嫌がるのはやる気がないんだよね」
——こういう判断、心当たりはないでしょうか。
「経験があるから大丈夫」と思っていても、人間の脳は意外なところで「思い込み」に引きずられます。それは意志の問題でも、知識不足でもありません。脳の構造上、避けがたい現象なのです。
クリティカルシンキングとは、その「思い込み」に気づき、一歩立ち止まる技術のことです。
1. クリティカルシンキングとは「疑う技術」のこと
「批判的思考」って、何を批判するの?
クリティカルシンキングは日本語で「批判的思考」と訳されますが、「人を批判する」「物事を否定的に見る」という意味ではありません。
ここで言う「批判」の対象は、自分自身の判断プロセスです。
「この情報、本当に正しいか?」「自分の見方に偏りはないか?」「別の可能性を見落としていないか?」——こうした問いを立てながら思考する姿勢が、クリティカルシンキングです。
哲学者・教育学者のファシオーニ(Facione, 1990)は、クリティカルシンキングの中核を「解釈・分析・推論・評価・説明・自己調整」と定義しました。難しく聞こえますが、臨床の言葉に置き換えると「情報を集め・整理し・根拠を確認し・自分の判断を振り返る」ということです。
脳には2つのモードがある——System 1とSystem 2
心理学者のダニエル・カーネマンは、人間の思考を2つのモードに分けて説明しました(Kahneman, 2011)。
System 1は「速い思考」。直感的・自動的で、ほとんど意識せずに動きます。「元気そう」「いつもと変わらない」という瞬間的な判断は、このSystem 1が担っています。
System 2は「遅い思考」。意識的・分析的で、立ち止まって考えるときに使います。「バイタルと見た目が一致しているか確認しよう」「この倦怠感、別の原因がないか整理しよう」という判断がこれにあたります。

どちらが良くてどちらが悪い、というわけではありません。System 1は経験を積んだ看護師の「臨床的直感」として機能する大切な力です。ただ、忙しい現場ではSystem 1に頼りすぎてしまい、気づかないまま「思い込み」につながることがあります。
クリティカルシンキングとは、「System 1に任せていいか、System 2で確かめるべきかを見極める習慣」とも言えます。
研究が示す:看護師も認知バイアスから逃れられない
2022年に発表されたスコーピングレビュー(Thirsk et al., 2022)では、看護師の判断・意思決定における認知バイアスが体系的に整理されました。その結論はシンプルで、「経験の有無にかかわらず、看護師も認知バイアスの影響を受ける」というものでした。
知識があれば防げる、経験を積めば防げる——というわけではないのです。むしろ経験が豊富になると「パターン認識」が強まり、別の可能性を見落としやすくなることもあります。
バイアスの存在を知ること、そして「気づく習慣」を持つこと。それが唯一の対策です。
2. 臨床でよくある「思い込み」の4パターン
認知バイアスには数十種類ものパターンが知られています。その中から、看護の現場で特に起きやすい4つを見ていきましょう。
① アンカリングバイアス——最初の情報に引っ張られる
アンカリングバイアスとは、最初に得た情報(アンカー)が、その後の判断に過度な影響を与える現象です。
申し送りで「落ち着いている患者さん」と聞いた。だから観察も手短に済ませてしまった。——でも実は、前の勤務帯から状態が変化していた。
こういう場面は、臨床ではめずらしくありません。申し送りの内容は大切な情報ですが、それが「先入観」になってしまうと、目の前の患者さんをフラットに見ることが難しくなります。
② 確証バイアス——都合のいい情報だけ集めてしまう
確証バイアスとは、自分がすでに持っている仮説を裏づける情報ばかりに目が向き、矛盾する情報を軽視してしまう傾向です。
「この患者さんはストレスで食欲が落ちているんだろう」と思ったとき、その仮説を支持するエピソードは記憶に残りやすい。一方、血液検査の値が少し変化していても、「ストレスで食欲が落ちているから数値に出たんだろう」と、仮説の中に取り込んで説明してしまいがちです。
データを無視するのではなく、データを仮説に合わせて解釈してしまう——これが確証バイアスの怖さです。
③ 利用可能性バイアス——最近の経験に引きずられる
利用可能性バイアスとは、記憶に新しい出来事や印象的な経験が、判断に強く影響してしまう現象です。
先週、倦怠感の強い患者さんが実は重篤な疾患を抱えていた——という経験をすると、しばらくは「倦怠感=重篤かも」という判断が強まります。逆に、何ヶ月も問題が起きていない患者さんには「今回も大丈夫だろう」という判断になりやすい。
どちらも、過去の経験が今の判断に「ノイズ」として入り込んでいる状態です。
④ ステレオタイプ——名前・見た目・年齢で決めつける
これは少し耳が痛い話かもしれませんが、誰にでも起きることです。
カルテを開く前に名前を見て「男性だろう」と思い込んでいたら女性だった。「山田花子さん」という名前から高齢の方を想像していたら、40代だった。「食事をよく食べている人だから、栄養状態は良いはず」と思ったら、血液データはそうでもなかった。体格の大きな患者さんが膝の痛みを訴えたとき、「体重のせいだろう」と思い込み、関節や骨の問題を見落としてしまうことがある。

こうした思い込みは「注意が足りない」せいではなく、脳が効率化のために使っているショートカットです。完全になくすことはできませんが、「あ、また思い込んでいるかも」と気づける習慣が大切です。
3. 「一歩立ち止まる」習慣のつけ方
NG例:思い込みのまま進んだケース
患者さんがリハビリを嫌がっている。
NG例:「やる気がない」と決めつける
看護師:「頑張ってみましょうよ。動かないと回復しませんよ」
患者:「……はい(でも怖くて)」
「やる気がない」という判断は、患者さんの内側にある何かを見落としているかもしれません。痛みがある、動くことへの恐怖がある、「また失敗したらどうしよう」という不安がある——そういった気持ちが、動けない理由になっていることも多いのです。
OK例:クリティカルシンキングを使うとどう変わるか
同じ場面で、一歩立ち止まって考えてみます。
「リハビリを嫌がっている。本当の理由はなんだろう?」「やる気がないという判断は、自分の見た目の印象だけではないか?」「痛みや不安を聞いてみたことはあったか?」
OK例:一度立ち止まって問い直す
看護師:「リハビリのとき、何か怖いことや痛みはありますか?」
患者:「実は、転びそうで怖くて……」
判断を「保留」にして、もう一つ情報を集める。それだけで、見える景色が変わります。
日常に取り入れやすい3つの問いかけ
クリティカルシンキングは、難しい理論を覚える必要はありません。以下の3つの問いを、何かが引っかかったときに使ってみてください。

① 「本当にそうか?」
自分の判断・印象の根拠を確認する問いです。例:「元気そうに見える」は客観的な根拠になっているか? バイタルや検査データと一致しているか?
② 「別の可能性はないか?」
一つの仮説に固執していないかを確認する問いです。例:「やる気がない」以外の理由はないか。「いつもと同じ」以外の解釈はないか。
③ 「何か見落としていないか?」
全体を俯瞰する問いです。例:申し送りの内容だけでなく、実際に目で見て・話して確認できているか。
この3つは、タナーの臨床判断モデル(Tanner, 2006)が示す「気づく・解釈する」というプロセスを支える問いかけです。「一歩立ち止まる」という習慣が、臨床判断の質を少しずつ高めていきます。
4. まとめ——「疑うこと」は患者さんへの誠実さ
クリティカルシンキングは、人を批判する思考法でも、経験を否定する考え方でもありません。
自分の判断に「本当にそうか?」と問いかけること。それは、目の前の患者さんを思い込みではなく、その人自身として見ようとする姿勢です。
思い込みに気づくには、バイアスへの知識と臨床的な知識の両方が助けになります。バイアスの名前を知っていれば「あ、自分はいまこのバイアスにはまっているかも」と気づきやすくなり、臨床知識があれば「他にどのような疾患の可能性があるか」を考えられるようになります。
でも、完璧に理解してからでなくて大丈夫です。「何か引っかかる」と感じたときに、3つの問いを一つだけ使ってみる。その小さな習慣が、臨床判断の積み重ねになっていきます。
「疑うこと」は冷たさではありません。患者さんをちゃんと見ようとする、誠実さの表れです。
参考文献
- Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux.
- Facione, P. A. (1990). Critical Thinking: A Statement of Expert Consensus. American Philosophical Association.
- Bam, V., et al. (2022). Cognitive and implicit biases in nurses' judgment and decision-making: A scoping review. International Journal of Nursing Studies, 130, 104247.
- Tanner, C. A. (2006). Thinking like a nurse: A research-based model of clinical judgment in nursing. Journal of Nursing Education, 45(6), 204–211.
- Pelaccia, T., et al. (2011). An analysis of clinical reasoning through a recent and comprehensive approach: The dual-process theory. Journal of Evaluation in Clinical Practice, 17(3), 249–258.
- 綿貫聡・徳田安春(2019)「診断エラーの予防:認知バイアス①②」医学界新聞.
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この記事を書いた人
臨床ナースラボ 管理者現役看護師
日々の臨床で感じた「これ、もっと早く知りたかった」をもとに、チームで判断を揃えるための知識とツールを作っています。