コミュニケーション

「言いたいことが言えない…」を変えるアサーション——看護師のための自己表現入門

2026-04-04

「先輩、ちょっと手を貸してほしいんですが……」

そう言いかけて、やっぱりやめた。「こんな小さなこと、忙しそうなのに頼んでいいのかな」「察してくれないかな」……そんな経験、ありませんか?

言えなかった気持ちは心の中に積み重なって、いつの間にか疲れてしまう。アサーションは、そんな「言いたいけど言えない」を少しずつ変えていくためのコミュニケーション技術です。

1. アサーションってなに?——自己表現の3つのタイプ

アサーションを一言で言うと、「自分も相手も大切にした自己表現」です。日本にアサーションを広めた心理学者・平木典子先生は、自己表現のスタイルを大きく3つに分けています。

非主張・攻撃・アサーティブの3タイプを表した看護師のイラスト
左から:ノンアサーティブ(非主張型)・アグレッシブ(攻撃型)・アサーティブ

ノンアサーティブ(非主張型)——いつも我慢してしまう

自分の気持ちや考えを後回しにして、相手に合わせ続けるタイプ。「察してくれればいい」「頼んだら迷惑かな」と遠回しにほのめかしたり、言いたいことを飲み込んでしまう。表面上は穏やかに見えますが、内側にはストレスが溜まっていきます。

看護師に多いパターン:「このくらいのことで頼んでいいのか」と自分を抑えてしまう。

アグレッシブ(攻撃型)——言いすぎてしまう

自分の意見は伝えるけれど、相手の気持ちや立場を置き去りにするタイプ。一方的に押しつける、声のトーンが強くなる、相手を責めてしまう。伝わるけれど、関係がこじれやすい。

アサーティブ——自分も相手も大切にする

自分の気持ちや考えを正直に伝えながら、同時に相手への配慮も忘れないバランスのとれた表現。「言いたいことを言う」のではなく、「自分の気持ちを正直に伝えつつ、相手を尊重する」のがポイントです。

2. よくある誤解——アサーション=強く主張することではない

「アサーションって、自分の意見をガンガン押し通すことでしょ?」「怒ってもいいってこと?」「はっきり言ったら相手を傷つけてしまわないか?」——こうした誤解はとても多いです。

「強く主張することでしょ?」

アサーションの核心は「自他尊重」。強さよりも、誠実さが求められるスキルです。

「怒ることが許されるってこと?」

感情を爆発させることとは違います。自分の気持ちを「正直に、落ち着いて」伝えることがアサーションです。

「はっきり言ったら相手を傷つける?」

伝え方次第です。相手への配慮を忘れず、事実と気持ちを丁寧に伝えれば、むしろ関係は深まります。

3. なぜ看護師にアサーションが大事なのか

言えなかった言葉が吹き出しとして積み重なっている看護師のイラスト
言いたいことを飲み込み続けると、じわじわと消耗していく

研究でわかっていること

アサーティブなコミュニケーション訓練を受けた看護師は、問題を声に出して伝える行動が大きく改善することが報告されています(Gu et al., 2023)。訓練前後で医療エラーの報告率が38%から78%に上がったというデータもあります。

アメリカの医療安全推進プログラム「TeamSTEPPS」でも、アサーティブなコミュニケーションの一手法「DESCスクリプト」が公式に採用されています。

つまり、アサーションは「個人の気持ちを楽にする」だけでなく、チーム医療の安全にも直結するスキルです。

「言いにくい職場」が生む問題

⚠️

インシデントリスク

「言えなかった」がエラーにつながる

🔥

バーンアウト

溜め込んだストレスが燃え尽きを引き起こす

🔗

チームの機能不全

遠慮しすぎて情報共有ができなくなる

4. それでも、言えない。なぜか

「アサーションが大事なのはわかった。でも、うちの職場では……」そう感じた人は、正直だと思います。

「申し訳ない」「嫌われたくない」──言えない本音

「先輩、今忙しそうだから声をかけたら迷惑かな」

「私の判断が間違っていたら、恥ずかしい」

「言い方が悪くて怒らせたらどうしよう」

「こんなことで呼び止めたら、嫌われるかもしれない」

これは性格の問題ではありません。相手を気遣う気持ち、傷つくことへの自己防衛——どちらも人として当然の感情です。

さらに、過去に勇気を出して声をかけたとき、溜め息をつかれた、「それくらい自分で判断して」と返された——そんな経験が一度でもあると、この感情はより強く刻み込まれます。「言わない方が安全だ」と体が覚えてしまう。それは意志の弱さではなく、自分を守るための当然の適応です。

ただ、その「優しさ」や「慎重さ」が積み重なると、言いたいことを飲み込む習慣になっていきます。気づけば「言えない自分」が当たり前になっている。

医師や先輩への「空気の壁」

「先生は忙しい」「先輩は今機嫌が悪い」「私が間違っていたら恥ずかしい」——こうした空気は職場に漂う不文律として存在しています。明文化されていないからこそ厄介で、「何となく言えない」がずっと続く。

黙って抱え込んだ先にあるもの

言えなかった結果、自分一人で判断して動く。「たぶん大丈夫だろう」——そのひとつひとつは小さく見えても、積み重なると事故に近づいていきます。言えなかったことが、患者に届くはずだった情報を止める。その事実は重い。

だから、アサーションは「自分のメンタルを楽にするためのテクニック」という話では終わりません。言える関係性をつくることが、安全につながる——その前提で読み続けてほしいと思います。

5. 現場で使えるDESCスクリプト

アサーションを実践するときに役立つ型が「DESCスクリプト」(Bower夫妻が提唱)です。4つのステップで伝える、シンプルなフレームワークです。

ステップ内容例
D — Describe状況・事実を客観的に伝える「今、○○の処置で手が離せない状態で」
E — Express自分の気持ちをIメッセージで「一人では少し不安で」
S — Specify具体的にしてほしいことを伝える「5分だけ一緒に見てもらえますか?」
C — Consequences協力してもらえるとどうなるかを添える「そうしていただけると安心して動けます」

ポイントは「丸暗記して使う」のではなく、「相手に事実・気持ち・お願い・その結果を順番に伝える」という思考の流れを身につけることです。

よくあるつまずきポイント

「遠回しにほのめかせばわかってくれる」

「忙しそうだな〜」と独り言のように言って、相手が察してくれるのを待つ——これがノンアサーティブの典型です。相手には「独り言」に聞こえるかもしれません。

「感情的になると使えない」

怒りや不安が高まっているときに「冷静に……」とはなかなかいきません。そんなときは、まず場を離れる・深呼吸するのが先です。落ち着いてから使えばいいのです。

6. 会話例で見てみよう

場面①:先輩に手技を手伝ってほしい

NG例:遠回しにほのめかす

看護師:「……この処置、ちょっと難しいですね(チラッ)」

先輩:「そうだね、大変だね」

何を求めているか相手に伝わっていません。先輩は「共感の返事」で終わりです。

OK例:DESCを使った言い換え

看護師:「先輩、今○○の処置をしているんですが(D)、初めてで少し自信がなくて(E)、5分だけ側で見ていてもらえますか?(S)そうしていただけると安心して動けます(C)」

「何を」「なぜ」「どのくらい」が明確なので、先輩も動きやすくなります。そして、ちゃんと伝えられた側も「あ、言えた」とホッとする。相手が動いてくれること以上に、この「自分が楽になる感覚」がアサーションの醍醐味かもしれません。

ナースステーションで先輩に話しかける看護師のイラスト
「ちゃんと言えた」という体験が、次の一歩を生む

場面②:医師への確認・提言が言い出せない

NG例:言いにくくて飲み込む

看護師:「先生、あの……(やっぱりいいか、忙しそうだし)」

患者にとって大切な情報が伝わらないリスクがあります。

OK例:事実ベースで簡潔に伝える

看護師:「先生、○○さんの血圧が先ほどから低下しています(D)。何か対応が必要か確認できればと思い(E)、声をかけさせていただきました(S)」

「私が間違っていたら……」という不安は置いておいて、事実を伝えることに集中するのがコツです。

場面③:「この患者さん、なんかおかしい」が言えない

看護師の直感が「あれ?」を感じている。でも、確信が持てない。医師は処置中。先輩は忙しそう。「私の気のせいかもしれない」「大げさだと思われたら恥ずかしい」——そう思って、飲み込んだ。

NG例:迷って、タイミングを逃す

看護師(心の中):「なんか顔色が悪い気がするけど……バイタルは正常範囲だし、気のせいかな。でも……やっぱり先生に聞いたほうが……いや、今は忙しそうだし」

頭の中でぐるぐるしている間に、状態が悪化するリスクがあります。「言えなかった」が後悔になる場面のひとつです。

OK例:「気になる」という事実だけを伝える

看護師:「先生、○○さんなんですが、バイタルは範囲内なんですが(D)、なんとなく顔色がいつもと違う気がして少し気になっていて(E)、一度見ていただけますか?(S)気のせいだったらすみません」

確信がなくてもいい。「気になっている」という自分の感覚も、れっきとした情報です。「気のせいだったらすみません」を添えるだけで、ぐっと言いやすくなります。看護師の「なんか変」という感覚は、数値に現れる前の変化を捉えていることがある——それを伝えられる関係が、患者を守ります。

7. まとめ——「言えた」の積み重ねが職場を変える

休憩室で笑顔で話す3人の看護師のイラスト
「言える」関係が積み重なると、職場の雰囲気そのものが変わっていく

アサーションは、「自分も相手も大切にした自己表現」です。強く言うことでも、怒ることでも、我慢をやめることでもありません。

最初から完璧にできなくて大丈夫です。「遠回しにほのめかしていた」のを「ひとつだけ具体的に頼む」に変えてみる——その小さな一歩が、じわじわと職場の空気を変えていきます。

「言えた」という経験は、相手との関係だけでなく、自分自身を楽にします。ため込まなくてよかった、ちゃんと伝えられた——その感覚の積み重ねが自信になり、また次の一歩につながっていく。

まず、明日の一場面から試してみませんか?

参考文献

  • 平木典子(2012)『アサーション入門——自分も相手も大切にする自己表現』講談社現代新書.
  • Bower SA, Bower GH. (1976). Asserting yourself: A practical guide for positive change. Addison-Wesley.
  • Gu Y, et al. (2023). Assertive communication training for nurses to speak up in cases of medical errors: A systematic review and meta-analysis. Nurse Education Today.
  • Barandouzi ZA, et al. (2022). Assertiveness educational interventions for nursing students and nurses: A systematic review. Nurse Education Today.
  • Agency for Healthcare Research and Quality (AHRQ). TeamSTEPPS: DESC Script tool. (2024).
  • 横山ら(2018)「精神科看護師のアサーションと患者・看護師の信頼関係形成に向けたかかわり」日健医誌 27(1), 24–33.

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この記事を書いた人

臨床ナースラボ 管理者現役看護師

日々の臨床で感じた「これ、もっと早く知りたかった」をもとに、チームで判断を揃えるための知識とツールを作っています。